★ ISHIN no HIKARI ★ 長州美祢維新の光

禁門の変は1864年(元治元年)7月19日に起こりました。
150年を経て今年、京都霊山歴史館の木村副館長の特別講演を行います。この機会、ぜひお聞き逃しなく!

◆日時:7月18日(土)14〜15時
◆場所:美祢市民会館
◆テーマ 「来嶋又兵衛と禁門の変の真相」

メッセージ

このたび、来嶋又兵衛の講演会にお招きいただきありがとうございます。
来嶋又兵衛は禁門の変で殉難から150年の歳月がながれ、王城の地の山麓霊山の一角から同志と共に静かに眠っています。
来嶋が東奔西走した頃、幕府の政局が厳しくなり、そこで朝廷の権威をかり公武合体を推進し、政治の舞台を京都へ移しました。幕府は朝廷に攘夷を確約しながら実行しないことに、来嶋ら不満を持ちました。皇女和宮の将軍家への降嫁、攘夷祈願も徳川家の政権延命にしかならなかった。来嶋らの攘夷派は正論をもって日本の将来を考えての行動でした。
長州は八・一八の政変で、急進派公卿の三条実美らと、京都を追われ来嶋らも従いました。池田屋では、来嶋の同志が新選組に斬られ、ついに決起し京都へ進発します。久坂玄瑞は朝廷に再考を進言しますが、ときすでに遅く幕府軍の交戦体制は決まっていました。禁門の変で来嶋らは殉死しますが、これを機に政局は方向転換します。
薩摩は幕府の政権能力の疑問を抱き、西南雄藩による新しい政権構想が画策され、長州では木戸孝允、高杉晋作、伊藤博文、大村益次郎らによって語られるようになりました。来嶋らの夢は、その後、明治維新で実現しました。

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8京都霊山歴史館・副館長 木村幸比古氏
1948年生まれ。國學院大学文学部卒業(近世思想史・幕末史)
1991年、維新史の研究と博物館活動で文部大臣表彰、京都市
教育功労者表彰。
NHK大河ドラマ「花燃ゆ」企画委員。著書「吉田松陰の美学」(PHP新書)「図説・吉田松陰」など多数。