★ ISHIN no HIKARI ★ 長州美祢維新の光

●幕末の美祢〜 萩藩保守派VS高杉等改革派
1月16日 赤村の戦い

16赤村の戦い 赤村(現在の赤郷)は絵堂よりさらに萩に近い集落です。萩政府軍は、ここまで退いて、正岸寺を屯所としました。
一方、大田の諸隊には下関から遊撃隊を率いて駆けつけた高杉晋作が合流。疲れていた諸隊は盛り上がり、赤村まで攻め出します。一気に勝負をつけて萩軍を萩に追い返し、世論の流れを味方につけようというところでしょう。

正岸寺は隠れるところのない平地にあるため、高杉晋作は夜襲を選びました。連戦連敗となっていた萩軍はすでに戦意は喪失気味だったようです。手に手にたいまつを掲げた諸隊に撃ち込まれると、あっけなく兵をまとめ、さらに萩寄りに退いていきました。
なお、この日諸隊側の玉木彦助が負傷、後送された病院で10日後に亡くなりました。彼は吉田松陰の叔父で松陰の教師だった玉木文之進の長男に当たります。

16赤村の戦い2●正岸寺・荻野隊士の墓 *写真
正岸寺は16世紀に建立された真宗の寺です。
境内に、自然石でできた素朴な墓が一基あります。これは赤村の戦いで戦死した萩軍荻野隊士のものです。萩軍関係者で、菩提寺ではなく戦地に墓があるのは、川上の2基、大木津の1基と合わせて4基となります。