★ ISHIN no HIKARI ★ 長州美祢維新の光

●幕末の美祢〜 萩藩保守派VS高杉等改革派
1月14日 呑水垰の戦い

14日は朝から夕方までこの峠道でいく度も戦闘が繰り広げられ、大田絵堂の戦い最大の激戦地となりました。ここには2つの堤(ため池)があり、諸隊の隊士は堤の土手に身を伏せて銃撃戦をしたとか。
この日はだんだん雨模様となり、萩軍は持っていた火縄銃の火縄が雨に濡れて使用できなくなりました。対して諸隊が持っていたのは、最新型ではないものの、ごく近年のミニエー銃で、雨の中でも撃つことができました。また、この日も諸隊側は、側面攻撃や高所からの奇襲といった動きで萩軍を翻弄。少人数でありながら、次第に戦なれして有効な攻撃を加えている様子も伺えます。
結局この日も諸隊側の勝利で日没となりました。萩軍は総崩れとなり、赤村まで兵を退きました。

15呑水垰の戦い●呑水垰(のみずのたお)
大田絵堂戦跡の中で、最も当時をしのぶことができるのが、ここの光景でしょう。銃撃戦の舞台となった堤は、今も変わらない姿で黒い水をたたえています。
このあたりでは、昭和になっても付近から銃弾が見つかることがあったそうです。
後年、山縣狂介(有朋)もこの一帯を訪れています。きっと、思うことも多かったのでないでしょうか。彼は仮装パーティーにも奇兵隊コスプレで出席したことがあるとか。この時期の自分に対して思い入れが深かったのでしょうね。